キリンくんはヒーローじゃない
「なに、してんの…!」
情けなくも階段から転げ落ちた身体が、全く痛くない。わたしのすぐ隣でプラスチックの櫛が、ガシャンと音を立てた。
「あれ、…」
落下すると同時に目を閉じたわたしには、今の状況がまるで理解できなかった。覚悟して、瞼を細々と開けば、目の前に菫色が柔く広がる。
「…え、待って」
おっちょこちょいにも程がある。恐らく、巻き添えを食らったであろうキリンくんを下敷きにして、無傷でいるなんて、最低だ。
「ごめんね。…怪我してない?」
腕、後頭部、足と、床に当たったと思われる箇所をそれぞれ確認して、なにもなさそうだとわかれば安心する。
「座っていた場所が高くなかったから、大きな怪我はないはずだよ」
「…そう」
「背中辺りを強く打ったかなって思うけど、湿布貼っておけば治るし」
わたしのせいで、しなくていい怪我まで負わせた。熱に浮かされて、周りが見えていないんじゃ、だめじゃないか。
「そんなに、自分を責めないで」
目尻に涙が溜まる。触れた親指は、強引に涙を拭っていった。
「狐井さんを庇って下敷きになったのは、僕が勝手にやったこと」
首を思い切り左右に振る。そんなことない、わたしが無理に巻き込んだのだ。
「それに、…林間学校の上書きができたんじゃないかって若干浮かれてるんだけど、どう?」
背中を強く打って痛いはずなのに、なにをばかなことを言ってるの。上書きなんてとっくにされているし、むしろ溢れでそうなくらい想いが募っているのに、どうするの。
「ばっかじゃないの…」
キリンくんを嫌いになれないわたしも、同じくらいばかなんだと思う。