キリンくんはヒーローじゃない
見失わない気持ちの行き先
キリンくんと過ごす毎日は、朝日に反射して煌めく海のようで、目に映るもの全てが新鮮に思えた。
初めて授業をサボったあの日も、結局は巡回の先生に見つかってしまって、こっぴどく叱られることになったけど、後悔はしていない。逃げる時に引っ張られた手首の熱が、数日経った今でも抜けない。
「…返信、こないな」
いつもだったら、授業の合間や、昼休みの時間に、通知の音が連続で遮られるくらいにたくさん送ってくるはずなのに、珍しく今日は静かだ。
何度か気になり、通信を切って再読み込みをするが、変化なしのまま。
「忙しいのかな」
既読もついていないところを見ると、携帯を覗く暇もないほど、忙しいに違いない。それか、彼のことだから、携帯を放置して居眠りに耽っているのかもしれない。
どちらにしろ、彼と繋がる術は絶たれているようだし、ここは大人しく様子見といこう。
カーディガンの袖を指先まで伸ばし、両掌を擦って、暖をとる。
二月に入ると、急激に気温が下がり、非常階段で昼休みを過ごすことも敵わなくなった。漫画のページを捲る手は、悴んでうまくいかないし、スカートの布越しに伝わる冷たさは、徐々に体温を奪っていった。
風邪を引くから、と動きだしたわたしの定位置は、教室の自分の席に収まった。廊下に近く、開け放たれた扉の隙間風がわたしの背中を撫でるけど、非常階段で感じた凍てつくような寒さよりは、まだいいほうだ。
教室の後ろ側の扉が再び開く。真っ赤に染まった指先を目に留めながら、残り一つのサンドウィッチを口に運んだ。