キリンくんはヒーローじゃない
結局、放課後まで返信が来ることはなかった。毎日飽きる間もなく送ってくる彼の様子から見ると、丸一日空いただけでもかなりの緊急事態に感じる。
わたしの考えすぎなら、いい。電源を切ってて、送られたメッセージに気づいていないとか、電池切れで見ることができなかったとか、そうであればいい。
鞄に教科書やノート、筆記具を押し込んで、チャックを閉める。肩に重圧がかかった時に、後ろから声をかけられた。
「狐井さん、今帰り?」
目の前の友達と話していた様子のマドカちゃんが、顔だけこちらに向けて、言う。
「さっき、階段の隅で身体を小さく丸め込んで、狐井さんを待ってる黄林くんがいたよ」
「待つって、そんなわけ…」
「あれは絶対、狐井さんを待ってる顔だね。他の子に声をかけられても、見向きもしなかったもん」
他の子に目移りしなかったぐらいで、わたしを待ってるって証拠にはならないでしょう。鞄の持ち手を支える掌に力が入る。
「騙されたと思って行っておいでよ。会いたい気持ちを我慢してそのままにしても、きっといいことなんてないよ」
マドカちゃんには、わたしの気持ちがバレている。たった一日会わなかったぐらいで、好かれている相手にアタックをされなかったぐらいで、不安と切実に顔を見たいって想いが、交差して競り合っている。
「二階の三段目付近ね」
彼女の言葉に背中を押され、振り返ることなく廊下を駆けていく。なりふり構っていられないくらい、キリンくんのことが、好きだ。どうしても、離したくない恋だった。