キリンくんはヒーローじゃない
「なんだかんだで終わったね、お疲れさま」
日誌を書きあげたあとにまだ掃除が残ってると言うと、一瞬だけ眉を顰めてしかめ面をしていたが、率先して掃除に協力してくれた。
わたしは、ほぼ先輩の想像の力で書きあげた日誌を両手で抱えながら、職員室への道を先輩と連れ立って歩いていく。
「なにからなにまで手伝ってもらっちゃってごめんなさい」
「気にしないで。一人でやってたらさすがに日が暮れちゃうだろうし、二人でやればすぐ終わるしね」
職員室の扉の前に着くと、ツキ先輩は近くの壁に凭れかかりながら「行ってらっしゃい」と手を振って微笑んでくれる。
手伝ってくれただけじゃなくて、日誌を届けるまでの間も待っててくれるの?あわよくば、一緒に帰れたりもする?
手を振ってくれたツキ先輩にゆるりと一度振り返すと、ガラリと扉が開いた。
「あっ…狐井さん」
そこにいたのは、重ための前髪を可愛らしい一本のピンで留められ、少しだけ目元がスッキリとしたキリンくんの姿だった。
「えっ、黄林くん?」
「な、な、なんでここに!?」
キリンくんは、慌てふためきながら両手で顔を覆う。隠せていない耳朶が、真っ赤に染まっている。
「前髪、短いほうが似合うのに。なんで隠すの?」
「…あ、そのっ、…さようなら!」
キリンくんは、留められていたピンを強引に外し、手で髪の毛をぐちゃぐちゃにすると、可哀想なほど真っ赤にした顔のまま、その場を立ち去ってしまった。
廊下の端に転がっていったピンを拾い、日誌と共に職員室に入ると、バッタリと江藤先生と顔を見合わせることになった。
「お、狐井」
「江藤先生、こんにちは」
「職員室に何しに…って、今日の日直ってお前じゃなくて佐島だっただろ」
日誌を抱えたわたしを見て、全てを悟った江藤先生は心底嫌そうに頭を掻いた。
「断りづらいだろうが、お前も嫌だったら断れな。お前自身が無理して倒れたら元も子もねぇ」
「…すみません、ありがとうございます」
江藤先生は見た目で損してるけど、ほんとうに生徒のことを考えてくれて、一番の味方でいてくれるから、心強い。