キリンくんはヒーローじゃない
マドカちゃんが謝る必要はない。学生の一大イベントなんだから、全く話したこともないわたしなんかより、ずっと学校生活を共に過ごしてきた仲の良い友達と一緒に組んだ方がいいに決まってる。きっと、わたしがマドカちゃんの立場でもそうしていたし、それが当然の結果だ。
それに、自分が孤立をしているって事実に甘えすぎて、普段、周りとのコミュニケーションを怠っていたわたしにだってそれなりの責任がある。誰とも仲良くなろうとしなかったくせに、バスの座席ではペアになってほしいだなんて、虫が良すぎる。名前すら覚えていなかったクラスメイトと運良くバスの座席が隣になったところで、うまくいくわけがない。
「名前をまだ書きにきていないひとは…」
この状況を作り出したのは、わたしの目つきが不快だと自ら距離をとってきたクラスメイトたち、そして人間関係の構築を諦めたわたしの、両方だ。
「はい、わたしがまだです」
だったら、孤立している状況を受け入れて、徐々に関係を修復していけばいい。自分の置かれている現実に目を向けることは怖くて、いつもは逃げていたけど、いつまでも逃げてばかりはいられない。一歩ずつ、踏みださなきゃ。
「偶数だからペアはできるはずだけど…って、ああ、竹内さんのところが補助席を入れて三人で座るんでしたね」
ホワイトボードに貼られたバスの座席を眺めながら、空席の部分を指差して、わたしに教えてくれる。
「ちょうど佐島さんの後ろの席が空席ですね。わたしのミスで申し訳ないけど、一人でここに座ってもらえますか?」
「あー、別にあたしたちは構わないけど?」
サジマだ。毎日懲りずにわたしを揶揄い、反撃してこないのをいいことに、度を越した言いがかりを突きつけて、面白がっているサジマだ。
「佐島さんはこう言ってくれてるけど、狐井さんはどうですか?」
嫌だな、逃げてばかりじゃダメだってさっき決心したっていうのに。サジマのあの、わたしを見下して薄ら笑う顔を見ていると、知らないうちに身体が震えて、どうしても正常なままじゃいられなくなってしまう。