キリンくんはヒーローじゃない


「いいじゃん、後ろの席だけど気にしないで一緒に喋ろうよ。ね、小梅」

「…ひっ!」


コウメ、だなんて好意的な雰囲気を醸しだしてるけど、下の名前を呼んだのって今日が初めてだし、そもそも仲良くする気だってないくせに。


「小梅の好きなお菓子もあるよ。トランプも持ってくるから一緒にできるし」


どの口が言ってるの。どうせ、あなたは自分の近くにわたしを置いて優越感に浸りたいだけでしょう。わたしを気遣うつもりなんて、露ほどない。


「ね、小梅…」

「佐島さんもこう言っていることだし、ここは後ろの席に座らせてもらいましょう?隣の席でなくても前後だったら、お話しだって容易いもの」


祥子先生が、黒いペンのキャップを外して、強引にわたしの名前をサジマの後ろに書こうとした時だった。


「やめましょうよ、そういうの」

「えっ?」


体育館の端にいたはずのD組の担任、江藤先生が大股で祥子先生に近寄ると、握っていた黒いペンを無理やり奪い取った。


「矢田部先生だってわかってるはずでしょう、狐井が佐島に執拗に嫌がらせを受けていること」

「…そ、れは」

「知らなかったじゃ済まされないですよ。だってあなた、俺が狐井から相談を受けていたこと、盗み聞きしてたじゃないですか」


祥子先生は唇の中心を強く噛んで、俯いた。伏せられた顔色は、生気が感じられないほど真っ青だった。


「どうしてもあなたが佐島の後ろに狐井を座らせたいんだったら、D組のバスに狐井を連れていきます」

「…何を言っているのかわかっているんですか。これは点呼を兼ねた、学年クラス別のバスですよ」

「わかっていますよ。でも、生徒が傷つくのをわかっているのに、俺はその規則に縛られてまでしがみついていたくはありません」


祥子先生は、呆気にとられた顔をして、地面に膝をつく。江藤先生は、力の抜けた祥子先生の指から落下したキャップを受け取り、ペン先にはめる。

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