キリンくんはヒーローじゃない


「これ、なーんだ?」


目の前の彼女が手にとって見せたのは、どこにでもあるノートの切れ端だった。

わたしは思わず、背筋が凍った。彼女がこのノートの切れ端の存在に気づいていたなんて、寝耳に水だった。


「えー、なになに…。"狐井、最近どうだ。変わったことはないか?なにかあったらいつでも言えよ。江藤"…だってさ!これ、決定的な証拠だよね?あんた、マジで江藤と関係持ってたんだ?」


見られてしまった。信じられない、こんな感じでバレてしまうだなんて。せめてもの抵抗として、大声で読みだす彼女を前に、震える両手で耳を塞いだが、ほとんど意味を成さなかった。


「"ありがとうございます。江藤先生に話してよかったです。狐井"…媚び売ってんじゃねぇよ、気持ち悪い!」


力づくで耳から外された両手は、彼女の手によって壁に縫いつけられる。どんなに力を込めてその場から逃れようと思っても、より強度を増した彼女の手が、わたしを放さない。


「なんのために学校きてんの?唯一味方をしてくれる江藤のため?それとも、江藤に虐められてるあたしたちを見て、影でこっそりほくそ笑むため?…どっちにしろ最低だけど」


なにもかもが、誤解だ。わたしが江藤先生と親密な関係を持っていることも、江藤先生に在らぬことを言って彼女たちにやり返しをしていることも、ぜんぶ、真っ赤な嘘だ。

自分で真実を言わなければ勘違いをされたままなのに、恐怖で怯えた唇が言葉を紡ぐことを許してくれない。口を開いても音にならない言葉が飛びでて消えていくだけ、彼女たちには届かない。


「一層のこと、学校くんのやめて江藤と結婚したら?あんたのその顔見てると虫唾が走ってイライラするから、清々する」


わたしの手を乱暴に放した彼女は、参考書を勢いよく投げつけてこようとして、一瞬怯んだ。

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