キリンくんはヒーローじゃない
「狐井さんにこんなところを見せちゃうなんて最悪だ…」
「…なにが最悪なの?」
「せっかくここまで距離を縮めることができたのに、また振りだしだ…」
先ほどのできごとがそれほどまでにショックだったのか、横に立つわたしの存在に気づいてもいなければ、話しかけても全くの反応がない。
どうやら、自分の世界に入ってしまったようだ。声をかけ続けるわたしをおいて、延々とネガティブな発言を繰り返しては勝手に落ち込んでいる。
「黄林くんてば…!」
だんだんと自分の行動が無駄に思えてきて嫌気がさした時、不意にキリンくんがこちらを向いた。
「…あっ、…き、狐井さん」
向けられた視線はどこか頼りなくて、わたしの名前を呼んだが最後、反対方向にそっぽを向いてしまった。
わたしはなんだか、そんな彼の態度がひどく癪に障って、投げだしていた両の手に素早く力を入れる。そして無言のまま、彼の両頬に手を置くと、強引にこちらへと向かせた。
「わたしは、自分と江藤先生との態度が違うくらいで、嫌いにならない!」
隠された前髪の下で彼は、どういう表情をしているのだろう。わたしの両手で挟まれた頬が、強張りを増して固くなる。
「わたしとキリンくんは違うクラスで関わる機会もなかったから、まだ知り合って数日でしょ?最初から、友達のようにフランクな関係になれるとは思ってない」
「…そ、そうですよね」
それでも、こんなわたしを変えてくれたのはキリンくんだ。クラスで孤立をして、なにをやっても裏目に出てしまうくらいなら、一層のこと、ひとと関わるのはやめた方がいいんだって塞ぎ込んでたのに、いつからか、あなたのことが知りたくなった。仲良くしてくれるのが、嬉しかった。
「でも、決して悪い意味には捉えないでほしいの。わたしはあなたと仲良くなりたい、友達のような関係になりたい。それには時間が必要だし、お互いのことだって知っていく必要がある」
「…僕と狐井さんが、友達に…?」
一段階高くなる声色。数秒前のあの今にも消えてしまいそうな返事とは、あきらかに違っている。