キリンくんはヒーローじゃない
「気にしないでください。…わたし、江藤先生が味方になってくれて、ほんとうに嬉しいんですよ」
声をかけたら振り向いてくれる。手を伸ばしたら受け取ってくれる。それがどれだけわたしの力になるか、わかってる?
「…俺に相談してくれた日、随分とボロボロだっただろ。お前は変に取り繕って大丈夫なフリをしてたけど、時々、皮を被った先から泣いてる素の顔が見え隠れしてたんだよ」
取り繕うのだって得意分野なはずだった。だけど、あの日はいつまでたっても変わらない日常に、勇気をだして告げた虐めの告白を無下にされたショックに、打ちひしがれて、あまりにも弱ってたの。取り繕う余裕もないほど、憔悴しきってだのだ。
「わたしは、平気なフリをしていたの。これくらいの虐め、屁古垂れるもんか。いつか絶対に報われる日がくるからって、在りもしない未来に身を委ねて、ずっと耐えてたの」
でも、それじゃあダメなんだよね。自分から踏みだしていかなきゃ、未来は手助けなんてしてくれない。気づかせてくれたのは、紛れもなくキリンくんと江藤先生だった。
「わたしは、感謝しています。意気地なしなわたしを変えてくれたのは、キリンくんと先生だったから。二人がいたからわたしは頑張ってこられたんです」
ほんとうに、そう思う。もし、キリンくんが校舎裏で虐められているわたしを助けてくれなければ、もし、江藤先生が見て見ぬフリをしてわたしの話しを聞いてくれなかったら、きっと、今のわたしはいなかった。
偶然の運命の巡り合わせで出会えた奇跡に、わたしは手を合わせてお礼をしたい。
「…そうか。狐井はこんな俺の愚かな罪までも許してくれるのか。ほんとうにごめんな、感謝したいのはこっちの方だよ」
江藤先生は、瞳に涙を浮かべて、照れ臭そうに微笑む。袖口で強引にゴシゴシと目元を擦って更に涙を零していたが、窓際に視線を移し、見ないようにしておいた。