キリンくんはヒーローじゃない
「…は?あんた、何様のつもり?」
いつまでたっても自分に参考書が当たる気配がなくて、固く瞑っていた瞼を開けて周りを見渡すと、目の前に大きな背が飛び込んできた。
「幾らなんでも暴力はいけないんじゃないか、と僕は思います…」
しどろもどろな、か細い声。とてもこの修羅場に、丸腰で乱入してきたとは思えないほどに弱々しい。
「なにも知らないのにヒーロー気取り?…笑わせないで。言っとくけど、悪いのぜんぶこいつだからね。守るったってお門違いだよ」
勘違いは、増長していく。一つだって当てはまっているものはないのに、何故ここまで口からでまかせが言えるのか。否定する勇気がない自分には、到底反撃をする力もないけれど、ひたすらに悔しい。
「…なにも知らないのは、あなたたちの方だと」
「横からしゃしゃりでてきただけのくせに、なにが言えんの?」
彼の言葉にすかさず食いつく。どうやら、わたしを追い詰めて優位に立てていた状況が、突然現れた"彼"というイレギュラーな存在によって崩されたことが、どうにも納得いかないらしい。
「僕は黄林皐大、一年D組です。狐井さんたちは一年A組なので、端っこ同士で特に絡みはありません」
「じゃあ、あんたにはなにも口を挟む権利はないじゃん」
「…ですが、僕のクラス担任は江藤先生なので、狐井さんが在らぬ疑いをかけられているってことは、ここにいるあなたたちより一番知っています」
わたしを庇った時の、あのか細くて心許なかった彼が嘘のように、しゃんと背筋を伸ばして実直に言葉を紡いでいる。
「うそ…江藤って非常勤じゃなかったの」
「影は薄いですが、きちんとクラス担任を受け持ってくれていますよ。それゆえに、彼は人一倍責任感が強く、狐井さんの相談も快く聞き入れてくれていました。…クラスで孤立していること、一部生徒から言いがかりをつけられていること、など」