キリンくんはヒーローじゃない
「A組とB組の集まりはここかな?」
その時だった。背後で爽やかな青年の声が響き渡って、サジマの動きが一瞬止まる。
「確か、…狐井さんってA組だったよね?」
「は、はい…」
「じゃあ、俺らもここに並ばせてもらおうかな。登山、よろしくね」
わたしの名を躊躇いもなく呼んだそのひとは、この前、偶然知り合ったツキ先輩そのものだった。敵対しているわたしとサジマの空気を全く意に介さない様子で、早々と列に並ぶ。
「月くん、あたしと一緒に登ろうね!」
「そうだね。みんなで頂上目指して、登り切ろうね」
馴れ馴れしく話しかけるサジマは、ツキ先輩の当たり障りない台詞に、少しばかり気分を害したようで、両頬をリスみたいに膨らませている。
「月くんっていつもそう…」
溜め息を大きく吐いた彼女は、わたしを揶揄う気さえも失せたのか、そのまま取り巻きの女子たちに慰められながら、元の場所へと帰っていく。
一体、なんだったのか。結局サジマは、なにがしたかったのだろう。バスで一緒になれなかったから、必要以上に弄り倒されることは覚悟していたのに、ツキ先輩が現れた途端、毒気が抜かれたかのようにわたしを見る目が変わって、その目が寸時にツキ先輩を映していた。
「二年生も全員到着したとのことで、いよいよ二コースに分かれての登山を開始したいと思います。せっかくの機会ですので、ただ登るだけではなく、周りの植物なんかを見て季節を感じとっていただけたら、いい学びに繋がるんではないでしょうか。有意義な時間にしましょう」
熱弁を振るう祥子先生を横目に、辺りの生徒たちの反応を伺ってみると、やはり大半のひとが既に興味を失っており、大欠伸を漏らしていたり、隣にいる友達に話しかけたりしているようだ。その中でも、一番に離脱をしていそうなキリンくんが、必死にしおりを読み込んでいる姿は、非常に目を引いた。