キリンくんはヒーローじゃない
「…な、!」
顔がいいってほんとうに卑怯だ。落ち込んでいた心が容赦なく掬いあげられて、隠しようがないほどに高鳴り始めている。
「やっと、顔見れた」
意地悪に笑ってみせる先輩は、わたしの左頬を摘んだり、引っ張ったりしながら、反応を楽しんでいる。
「なに、するんですか…」
「んー?…こんな天気だし、暗い顔してたらどんどん気が滅入っていっちゃうでしょ」
先輩の捏ねくり回す指の力のおかげで、わたしの左頬が饅頭のように柔らかくなってきた。
「…なーんか小梅ちゃんって、必要以上に放っておけないっていうか。それくらい、俺の中で存在が大きくなってて」
先輩の、手の動きが止まる。寄せられた身体は、彼の胸元に落ち着く。心地よいペースで鳴り響く鼓動は、わたしの騒めく心までも優しく静めてくれる。
「迷惑でなければ、これからもそばにいさせて守らせてほしいなって、思うんだけど…」
先輩の声が、遠くに聴こえる。わたしを守らせてほしいって、そんな少女漫画のヒロインみたいなことが実際に起きるなんて。唇を噛みしめて、目を閉じる。
「無理強いをするつもりはないから、嫌だと思ったら潔く言ってほしい」
今まで、周りのことや先のことを考えて諦めてばかりいたけど、これからは自分に素直になって生きたい。
わたしだって、自分なりの人生を見つけて、真っすぐに突き進んでいく権利があるはずなんだ。
「月先輩、わたし…」
握りしめる手が震える。からからになった喉からは、伝えたい言葉がうまくでてきてくれない。