キリンくんはヒーローじゃない


「わたしも、あなたが…!」


近くで砂利を踏む音が聴こえた。わたしのなけなしの勇気は、土砂降りの雨に流されて消えていってしまった。


「狐井さん…。よかった、無事で」


傘も差さないで、わたしの近くへと駆け寄る彼は、ひどく安心した表情で、息を吐いた。


「…髪も制服もびしょびしょじゃない。わたしよりもボロボロになってどうするの」

「…宿に戻ったら、狐井さんがいないって聞いて、いてもたってもいられなくて」


キリンくんが助けにきてくれることは何となくはわかっていたけれど、ここまで本気になって探してくれるとは思ってもみなかった。

濡れて重たくなった前髪を掬って、横に分ければ、驚きに震えた瞳から一筋の涙が溢れて、落ちた。


「…ごめんね。きてくれてありがとう」


キリンくんの優しさが甘ったるくて、擽ったい。頰に伝う涙をするりと指で撫でると、弱々しく首を左右に振られた。


「狐井さんのピンチに駆けつけるのは当たり前だし、気にしないで」


雨の雫で潤んだ菫色は、わたしの姿を認めて、ゆるりと揺れた。


「下る途中で抜け道を見つけたんだ。そこを抜けると登山道になるから、安全に戻れるよ。江藤先生も車で待機してくれてる」


隣で座っていたツキ先輩の身体を引き離すように、わたしの手を引く。キリンくんは、強い意思を込めた目で彼のことをじっと、見据えると、わたしの歩幅に合わせて歩き始めた。


「…あいつには絶対に負けない」


キリンくんの口から溢れた本音は、雨の音でかき消されて、うまく聴こえなかった。

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