キリンくんはヒーローじゃない
「よし。それじゃあ横になって」
大浴場をでて、右の通路を抜けた先には、自動販売機と簡易ベンチが疎らに置いてあった。わたしは言われた通りに、端の方のベンチに仰向けで寝転がり、先輩の行動を待った。
「まずは、擦りむいた足から消毒していくね」
膝裏に片手を差し入れて持ちあげ、擦りむいた箇所に消毒液を垂らしていく。まだ、湯冷めをしていない先輩の掌はひどく温かくて、触れられている場所が熱を持ち、じんわりと汗が滲んでくる。
「ガーゼで拭いて、絆創膏を貼って…と」
怪我したばかりの傷に、消毒液は沁みて痛かったけど、目を細めて真剣にガーゼで拭いてくれる先輩を見たら、胸が高鳴って、どうでもよくなってしまった。
「次は、腰に湿布貼るから、うつ伏せになって服を捲ってくれる?」
打ちつけた腰が今になって痛みだす。うつ伏せになって、ジャージの裾をおずおずと捲ると、斜め後ろで唾を飲み込む音が聴こえた。
「…えっろ、」
「ちょっと。これは手当てなんだから、一人で興奮しないでくれるかな」
「…なっ!勝手に決めつけんな」
キリンくんの苦し紛れな言い訳に、わたしも先輩もほとほと呆れ返っては、苦笑いを溢す。彼は、照れを隠すようにちまちまと飲んでいたイチゴ牛乳を一気に飲み干すと、怒りを足音に乗せてゴミ箱へと去っていった。
「…どうしようもないやつ、」
湿布の包装を剥がす間際に聴こえた重低音は、ツキ先輩本人のものだったのか。貼られた湿布が、異様に冷ややかに感じたのは、気のせいだったのか。わたしは、確かめる術もなく、ただ目を閉じてやり過ごすしかなかった。