キリンくんはヒーローじゃない
「手当て、ありがとうございました」
キリンくんはこちらを警戒しているのか、ゴミ箱に放り終わったはずなのに、戻ってこようとしない。
鋭い眼光に若干の寒気を感じながら、手当てをしてくれたお礼を先輩に告げる。
「あの場に居合わせたのは俺だし、手当てをさせてって頼み込んだのも俺の勝手なんだから、そんなに改まらなくてもいいんだよ」
乗せられた掌が、優しい。ポンポンと撫でられた頭が、火を吹き出しそうなくらい真っ赤に燃えている。頭から滑り落ちた掌は、わたしの左頬に止まり、数秒弄んだあと、「またね」とはにかんで姿を消してしまった。
「…死にそう」
ツキ先輩の背中が見えなくなるまでぼうっと遠くを眺めていると、納得いかない様子で、キリンくんが隣にやってきた。
「…狐井さんは、あんなのが好きなんだ?」
「…月先輩はいつだってわたしの憧れで、これからも追いつけないものだと思ってたのに。…どうしよう、こんなんじゃ好きになっちゃう」
遠い存在でよかったんだ。見返りなんて求めなくても幸せでいられたから。なのに、急にわたしの目の前に現れて、困っているヒロインを助けるように、手を引っ張られたら、どうしようもなく次を求めてしまう。
「…ふーん」
キリンくんがなにかを言いたそうに、唇を尖らせるが、すんでのところで思い留まって引き結ぶ。
わたしだって、物語のヒロインなんだ。王子さまを好きになって、当たって砕けるくらいしてもいいでしょう?
履き慣れた靴を投げ飛ばして、歩いてみれば、どこにでも飛んでいけそうな気がした。