キリンくんはヒーローじゃない
「槇くん。好きです、付き合ってください」
背後でゆらりと黒い影が揺れる。感動的なシーンでタイミングよく邪魔された。読んでいた漫画を勢いよく閉じて、至福の時間を壊した人物に鋭く睨みを利かせた。
「空回りを繰り返して、やっと、日菜と槇くんが結ばれるって時に…」
殴りかかろうとするわたしの両手を包み込み、怒りを静めさせようと必死に宥めてくる。反省していない態度がいたく癇に障って、顔を前に突き出せば、キリンくんは観念したように後退りした。
「怒らせるつもりはなかった。…ごめん」
「黄林くんは、わたしがいつもここでなにをしているかわかってるはずでしょ。…そういうつもりがなかったとしても、邪魔するのは卑怯だよ」
キリンくんは、わたしの言うことに納得を示しているのか、首を垂れてわかりやすく落ち込む。
「…いや、わたしのほうこそ、大人気なかったよね。殴ろうとしてごめんね」
わたしの両手を包み込んだままだったキリンくんの掌を、そっと撫でるように外すと、嬉しさを全開にして顔をあげてくれる。
「ふふ、子犬みたい」
「…ばかにしないでちゃんと見て。僕は僕、黄林皐大」
子犬って、例えがよくなかったのかな。キリンくんは、わたしの顔を押さえて自分のほうに向けると、恥ずかしそうに目を逸らした。
「ばかになんてしてないよ。わたしはちゃんと、"黄林くん"自身を見ているつもり。子犬って言ったのも、わたしの一挙一動に反応してかわいいな、って感じただけだし…」
過剰に反応する君がかわいい。わたしの言葉を真に受けて、顔を真っ青にしたり、目元を皺くちゃにして喜んでくれたり、そんな君が愛おしいって思うんだ。