キリンくんはヒーローじゃない
「…それなら、まあいっか」
キリンくんは、照れ臭そうに自分の頬を掻いて、わたしの隣に座り込んだ。興味深そうに少女漫画を手に取り、ページを捲るも、特に大きな反応を見せることなく、乱暴に閉じる。
「あんまり…好きじゃなかった?」
「え?」
「浮かない顔してたから、つまらなかったかなって思って」
わたしの言葉を聞いて、焦ったように両手を左右に振る彼は、持っていた漫画を勢いよく階下に落としてしまい、途端に青ざめる。
「そ、そうじゃなくて…」
小走りで落とされた漫画を拾うと、汚れを気にしてか、自分のカーディガンで優しく拭ったあと、丁寧に手渡ししてくれた。
「…そうじゃなくて?」
頭を掻く時にちらりと、赤く染まった耳朶が見えた。吐く息が荒く、彼の態度からも緊張をしていることが伺える。
「…どうにも格好悪くて、言いたくないんだけど」
わたしの手の内にある漫画の表紙を指差し、顔を覆いながら告げる。
「学園の王子さま存在である春川颯太が、チャラチャラしてるあいつと重なって、…なんかムカついた」
「あいつ…?」
意図がつかめなくて、首を傾げるわたしにキリンくんは我慢ならない声で叫んだ。
「林間学校で、怪我した狐井さんに手当てをしてくれた、やつだよ!」
わたしの手当てをしてくれたのは、紛れもなくツキ先輩だ。チャラチャラしてるという、客観的な意見はおいておいて、なにがそんなに彼を苛つかせているのだろう。
「月先輩がどうしたの。わたしの知らないところで、なにかあった?」
目を合わせてもらえないまま、数十分が経ち、互いの沈黙に耐え難くなった時、キリンくんは前髪をぐしゃぐしゃに丸めて、そそくさと階段を降りていってしまった。