キリンくんはヒーローじゃない
手を繋いで、奪って
「え、ちょっと待って。あのひと、誰?」
「めっちゃ格好いい!どこのクラスだろう」
キリンくんが突然のイメチェンを披露してから数日後、彼の顔のよさに気づかないものはいなく、学校中の女子から厚い視線を受けている。
しかもそれが、一年D組の黄林皐大だって知ると、普通は理想と違うと失望するものだけど、内に秘めてるところがミステリアスで格好いいと、なぜかプラスに捉えられているようだ。
「黄林くん!」
わたしの理想の男になると宣言してくれたはいいものの、こんな調子じゃあ二人きりになるのも難しくて、約一週間ほどまともに会えていない。
今日も、A組の教室から華麗に走り去るキリンくんを見て、他人事ながら大変そうだな、と思う。
机の上に広げていた教科書、ノート、筆箱を鞄の中にいそいそとしまいながら、ホームルームの準備をする。
「おい、狐井」
机の脚をガツンと蹴られたことで、彼女の存在を思いだした。相変わらず、力加減ができておらず、何度か空振りをしては、わたしの腿に当たる上履きが地味に痛い。
「お前、あの黄林皐大ってやつと付き合ってんだろ?大物釣りあげて、よかったじゃねぇか」
そんな根も葉もない噂、どこから仕入れてきたんだか。間に受けて、面白おかしく話しを広げるサジマが、惨めで怒る気にもならない。
「付き合ってないよ」
「じゃあ、振られたんだ?」
「そんな関係じゃない」
どうせ証拠もなにもないくせに、売り言葉に買い言葉で強気にでるサジマは、全く引く気を見せない。
妙な違和感を感じながらも、放っておいてほしくて、彼女から背を向ける。
「へぇー…、いい度胸じゃん?」
サジマのドスの効いた声に、寒気が走る。なんで、わたし、ここまで追い詰められているんだっけ。弱味でも握られてるのかな。