キリンくんはヒーローじゃない
「事実無根だよ…!」
「お前程度の知名度で、みんなに説得できると思ってんの?無理だよ。人間誰だって、目の前にある真実より、デタラメな嘘のほうが魅力的なんだから」
サジマはそう言って、わたしの机に日直日誌を置くと、蔑むように笑って、その場を去っていった。
わたし、なにも言えなかった。付き合っているという事実は嘘でしかないのに、粘って反論することも、データーに残ってる写真を消させることも、できなかった。以前の自分より、ほんのちょっとだけ変われたと思っていたけど、やっぱり自分の心は弱いまんまだ。
「ね。また日誌書けなくて残ってるの?」
膝の上で握りしめた拳に、指の爪が食い込む。キリンくんに迷惑をかけてしまうと思うと、今から気分が沈んでいく。
「おーい、小梅ちゃん!」
自分の机に影が落ちる。頭の中が負の連鎖でいっぱいで、周りを気にする余裕もない。溜め息を一つ吐く。
「ね、俺の姿、見えてる?」
わたしの机に手をかけて、心配そうに見あげるツキ先輩と、目が合う。
「わ、わわ!ごめんなさい。今、気づきました…」
最悪だ。完全に気が抜けているところを、ツキ先輩に見られた。しかも、先輩の反応からすると、何度かわたしを呼んでくれていたみたいだし、失礼なことしちゃったな。
「謝らないでいいよ。なんともないなら、よかった」
ツキ先輩は当然のように、わたしの前の席を引いて座り込み、日誌をパラパラと捲り始めた。
「小梅ちゃんさ、放課後に書くからネタに困るんだし、授業中の合間とかにコソコソって適当に書いちゃいなよ」
それ、俺もよくしてたし、と備考欄にペンを走らせ、雑に落描きをする。どことなく、味のある絵は、いつも完璧なツキ先輩からは考えられないくらい、不恰好だった。