キリンくんはヒーローじゃない
「よし、それじゃあ日誌を届けに行こうか」
結局、また先輩のできすぎたエピソードを借りて埋めた、デタラメ百パーセントの日誌を脇に抱えて、先輩のあとを急ぐ。
「…この前は江藤先生だったから、無事に受け取ってくれたけど、祥子先生にバレたらどうするんですか」
祥子先生がまともに生徒の話を聞くとは思えないし、日誌のことも適当にサインして終わるんだろうことはなんとなくわかってはいるんだけど、万が一の話だ。
「大丈夫だとは思うけど、心配なら賭けでもしとく?」
「賭け?」
「そう。ショーコ先生にバレて怒られそうになったら、お詫びになんでも言うこと聞くよ」
なんて、贅沢な賭けなのか。そういうことなら、別に祥子先生に怒られても屁でもないな。
「怒られそうになったら、だからな。普通に受け取ってもらえたらこの話はなし!」
職員室への道のりが、ひどく長く感じる。時折、お互いの掌が歩くたびに触れ合って、たったそれだけのことなのに、胸がパンクして溢れだしそうになった。
わたし、やっぱりツキ先輩のことが好きなんだ。隣を歩くだけでドキドキするし、彼の言葉を聴くたび、幸せすぎて天にも登れそうになるし、きっと、そうなんだ。
「雲行き怪しくなってきたから、早めに帰ろうな」
窓の外は、大きな雨雲が辺りを飲み込んでいる。この前、天気予報が大外れして偉い目にあったから、念のために折り畳みの傘を持ってきて、正解だったな。