キリンくんはヒーローじゃない


「なにも言われなかった…」


祥子先生は、事務的な態度でわたしの持ってきた日誌を受け取ると、すぐ帰れと言わんばかりに、机と向かい合っていた。


「ほら、心配しなくても大丈夫だって、言ったろ?ショーコ先生はああいうひとなんだって」


これで、先輩との賭けはなかったことになるのだ。バレなくてよかった気持ちと、先輩に願い事を聞いてもらいたかった気持ちとがグラグラ揺れて、自分でもよくわからない。


玄関に着き、それぞれの下駄箱へと向かう。わたしと先輩は一学年の差があるから、ちょっと距離がある。


上履きを脱いで、下駄箱にしまう。代わりに履き潰したローファーを取りだして、地面に下ろす。

そういえば、キリンくんはもう帰れたのかな。ホームルームが始まる前に女の子たちに追いかけられているのは見たけど、そのあとどうなったかは知らないや。

ローファーを手に、興味本位でD組の下駄箱を探す。キリンくんの名前を唱えながら、指先で辿っていくと、真ん中寄りの右から三列目の位置に、それはあった。


「勝手に開けるね…」


キィっと、錆びれた音が虚しく響く。あまり踵のすり減っていない小綺麗なローファーと共に、花柄のかわいらしい手紙が入っていた。


「…開けた形跡あるし、ローファーもあるってことは」


キリンくんは手紙をくれた相手に会いに行ったってことだよね。女の子らしい丸い字、手紙から香るフローラルの優しい匂い。実物を見なくてもわかる、この子、絶対、かわいい子だ。


「手紙の内容は見ちゃいけないってわかってはいるけど、…気になる」


薄目を開けてちらりと、ぼやける視界で場所の特定をなんとか試みる。二年A組の教室で待ってます、とかろうじて読める。

< 59 / 116 >

この作品をシェア

pagetop