キリンくんはヒーローじゃない


わたしの呼ぶ声に顔だけ振り向いたキリンくんは、両目を綺麗に隠した長い前髪を揺らしながら、照れたように笑う。


がんじがらめに縛られた鎖から、危険を顧みずわたしを救ってくれたのは、キリンくん。それは、決して間違いないのだけれど。


「ど、どうしました…狐井さん」


最初、わたしを庇ってくれた時と同じように吃りながら、顔を左右に彷徨わせている。


「…うーん」


どう考えても、どう当てはめてみても、キリンくんはわたしの理想の王子さまではないし、むしろ、村人Aみたいな、どこにでもいる名前もないような役がしっくりくる。


「狐井さん、あの…」


キリンくんがわたしの王子さまっていうのは、きっと何かの間違い。そうに決まってる。だって、そう考えないと、わたしの理想とする王子さま像の、斎藤先輩が報われない。


「狐井さん…!」

「…えっ?」


彼の、思いがけず大きな声に、肩が跳ねると同時に驚いた。視線を彼に向けると、緩やかに逸らされていくのがわかった。


「…えっ、と。さっきは僕の勝手な正義感で、彼女に江藤先生のことを伝えてしまってごめんなさい。でも、あの時は本当に狐井さんを助けるには、これしかないって思ってて…」


確かに、彼はわたしの理想の王子さまではないんだけど、時々無性にドキッと胸が高鳴ってしまうのはどうしてなんだろう。


「…ずるいなあ」

「…狐井さん、何か言いました?」

「なんでもないよ、気にしないで」


わたしは、彼の手を引いて貸切状態の校庭の中を、風を切って走り出した。

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