キリンくんはヒーローじゃない
「狐井さん、大丈夫…?」
廊下の端で膝を抱えて丸まっていると、キリンくんが緊張の面持ちで話しかけてきた。
不思議に思って辺りに目を移すと、すぐに合点がいった。ツキ先輩からなるべく遠くに逃げようとした結果、意図せずとも二年A組に辿り着いてしまったってわけだ。
「大丈夫。…ちょっと予想外なできごとが起きただけだから」
ツキ先輩のあの底なしの冷徹さは、わたしにはまだ理解できないけど、決して先輩だけが悪いわけじゃない。
だって、先輩、言ってくれてた。わたしを守るんだって、元気にするんだって。その言葉はあのおかしな絵に誓って嘘じゃないって、信じていたい。
「黄林くんこそ、…二年生の教室前でなんの用事だったの」
知ってるくせに、知らないふりしてなにしてるんだろう。試すみたいで居心地悪い。キリンくんの目が答えづらそうに、下に逸れた。
「実は…」
「わたし、綿貫毬子です。黄林くんのことが好きになってしまったので、お呼びだししました」
わたしの想像通り、手紙の主人、綿貫毬子はとびきりかわいかった。肩の付近で緩く巻いた栗毛、小柄で柔らかそうなムチムチボディ、涼やかな声は古風なお嬢さまを連想させて、いわゆる完璧だった。
「綿貫さん…、近いです」
「童話の王子さまみたいに顔がお綺麗なのに、なんにも染まってないなんて最高ですよね」
ナチュラルに自分の腕をキリンくんの二の腕に回し、たわわな胸と密着させる。キリンくんは言わずもがな、タジタジである。
「わたしなら、あなたの望むものぜんぶ叶えてあげられる気がするわ。…だから、わたしとお付き合いしてください」
男の子は柔らかくて優しくて、とびきりかわいいような女の子を選ぶの。わたしみたいな、魅力からかけ離れてる子じゃ全然ダメよね。