キリンくんはヒーローじゃない
毟り取られた羽は、飛び立つことを知らない
キリンくんの本気の想いを聞いた、その翌日。一昔前の型のウォークマンにイヤフォンを差して、呑気に登校してきたわたしには、学校中が異様な雰囲気を纏っていることなんて、知る由もなかった。
教室に入る直前、いつもより開閉しづらい扉に気づいて、力任せに開け放つと、頭上から掃除用と書かれたバケツが降ってきて、床一面を汚した。
なにが起きたのか、ショートを起こしたわたしの頭では理解することが難しくて、周りの様子を伺った。
「あーあ、惨めなドブネズミだなあ。昨日散々忠告してあげたのに、ほんとうばかだよねぇ」
サジマがわたしの背を乱暴に押して、バケツの水で溢れかえっている床に、額を無理やりつけさせた。どこからともなく降ってくる嘲笑う声に、胸の奥が軋みそうになる。
「自分の立場を弁えろ。顔がいい男にちょっとチヤホヤされたぐらいで、調子に乗ってんじゃねぇよ」
寒気と震えで、意識が朦朧としてきた。その中で、サジマの声だけが脳内を劈く。
「黄林皐大だけじゃなく、斎藤月にも手をだしてたとか笑えないから。…不細工の分際で、あたしに喧嘩売ったこと、後悔させてやるよ」
わたしが思っていたより、噂は深刻じみていて、キリンくんだけじゃなくツキ先輩も表にだすことで、袋叩きにしようって魂胆なんだ。
全生徒の目が冷たく突き刺さる。修復不可能なんじゃないかってくらい広がった溝は、きっとわたしの力なんかじゃ物足りなくて、伸ばした手も届くことはない。
「…全生徒が敵?そんなの、勝ち目ないじゃん」
瞳から零れ落ちたのは、涙だったのか、水だったのか。一人ぼっちになった世界は暗くて見えなくて、なにかもどうでもよくなった。