キリンくんはヒーローじゃない
目が覚めた瞬間、自分が気を失っていたことに、今さらになって気づく。
手入れされた真白い天井には、塵一つも見えない。
「あ、…目が覚めた?」
「黄林、くん…」
「目覚めたばかりでまだ混乱していると思うから、無理して起きないでそのままで大丈夫」
寝ているうちに剥いでしまったであろう掛け布団を、キリンくんが優しく直してくれる。瞳いっぱいに心配の色が浮かんでいて、またいらぬ迷惑をかけてしまったと、落ち込む。
「僕と狐井さんが付き合ってるなんて、お門違いもいいところだよね。実際は、僕の執念深い片想いなだけなのに」
頬にかかった髪の毛を、さり気なく横に避けてくれる。逸らした瞳には、少しだけ涙の膜が張っているように、見えた。
「それと、斎藤月の噂だってそうだ。狐井さんの気持ちは置いておくにしても、…疑惑の写真も特に怪しいところはなかったし、非難される謂れはないはず」
それでも、噂は広がる。サジマが言っていたように、真実は必要じゃない。人間誰しも心の中で臆病を飼っていて、その感情が蓄積されると、爆発して壊れちゃうから、その発散のために誰かを攻撃するんだ。
「狐井さんは、なにも悪いことをしていないんだ。だから、気に病まないでほしい」
キリンくんは、わたしのことを心の底から、大事に想ってくれている。言葉の節々に散りばめられた温かさが、冷えた心に染み渡って、傷を癒してくれる。
魔法使いみたいなひとだ、と大袈裟じゃなく、ほんとうに思う。