キリンくんはヒーローじゃない
「小梅ちゃん!倒れたって聞いたけど…」
白いカーテンを開けた先には、息を荒く吐いて、腕で汗を拭うツキ先輩の姿があった。
「あ、…君もいたんだね」
「いちゃ、悪いですか」
「別に悪いなんて言ってないだろ。俺より先に到着して看病してるって、随分マメだなって思っただけだよ」
キリンくんは、わたしのそばを離れようともせずに、目を細めて睨む。ツキ先輩は、相手にするだけばからしいと悟ったのか、隣のベッドから丸椅子を持ってきて、少し離れた位置で座る。
「斎藤さんのような、目立つ存在がこんなところにいていいんですか。…今、騒がれている噂は知っていますよね?」
棘のある言い方だった。それを言うなら、キリンくんだってここにいるのはよくないはずだけど、殺気立っている彼に余計な指摘はできない。
「もちろん。知っているし、そのことがあって、俺はここにいる」
「どういう…」
「遅かれ早かれ、こんな風になるんじゃないかって思ってたんだ。昨日のことで、怖がらせたことは充分承知の上で、考えてもらいたい」
ツキ先輩の瞳が、振り子の振り幅のように、落ち着きなく左右に揺れる。
「俺と、正式に付き合ってほしい」
一呼吸置いて、恐らく部外者と認定されたキリンくんが、苦い顔で空気と共に息を吐き出す。
「はあ?」
「…君に言ってるんじゃ、ないんだけど」
「…いやいや、なに言ってくれちゃってんの?今の状況、わかってる?そんなことしちゃったら、余計に狐井さんへの当たりが強くなるじゃん」
「でも、二股かけてるって噂はさっぱり消えるだろ。俺の力で周りをねじ伏せるし、どうとでもなる」
めちゃくちゃな理論だ。確かに、学園的な権力を持ってるツキ先輩にとっては、こんな噂、屁でもないだろうし、簡単にねじ伏せられそうだけど、そういうことじゃない。