キリンくんはヒーローじゃない
「守るって言っても限度はあるし、周りを抑えられたとしても、わたしの敵はクラスメイトでしかないので…、付き合ったとしてもメリットはないと思います」
圧倒的なカリスマ性、周りを容易く動かせるだけの発言力があることもわかってる。だけど、それがサジマに効くかどうかは別の話。
彼女は、キリンくんと付き合ってるって噂に対しては、深い期待を持たず、ばかにするだけだったけど、今朝のツキ先輩に関しては違った。本気で、わたしを殺そうとしている目だった。心底、恨んでしょうがないって、口ぶりだった。
きっと、サジマはツキ先輩のことが好きなんだ。だから、わたしが付き合ったなんて知れたら、どんなことをされるか溜まったものじゃない。
「しっかり責任とるよ。一人で背負わせない」
「そんなこと無理です。学年もクラスも違うのにどうやって守るって、言うんですか」
「俺ならできるよ、断言できる」
キリンくんがそばで信じられないような顔をして、眉間にシワを寄せた。
「そんなに言うなら、実力拝見させてもらおうかな。…明日までに校内中の生徒に噂の撤回と、狐井さんを虐めないことを約束させて」
「できなかったら?」
「できなかったら、今後一切、狐井さんには関わらないで。僕一人でだって、狐井さんを守れるし、用心棒は二人もいらないでしょ」
ツキ先輩は、丸椅子から静かに立ち上がると、わたしの目の前にきて、微かに笑う。
「絶対、守るから」
触れられた左頬は、いつかの雨の時のように素直で、桃色に染まる。
「期待して待ってて」
爽やかにこの場を去ったツキ先輩は、キリンくんの押してはならないスイッチを押してしまったらしい。不機嫌を隠しもせずに、座っていた丸椅子を上履きで蹴っ飛ばしていた。