キリンくんはヒーローじゃない
翌日、ビクビクしながら学校の門をくぐる。ツキ先輩はああは言ってくれたけど、一日で解決できるほど軽い問題じゃないって、わたし自身もわかってる。
下駄箱を覗くも、特に変わった様子はなし。陰湿な虐めをするサジマのことだから、上履きに画鋲入れたりだとか、腐った牛乳を入れたりだとかしてくると思っていたんだけど、びっくりするくらいなにもない。
廊下を抜けて、一年A組に辿り着く。扉の開き具合を確認して、引っかかりがないことに安心する。そのままなにごともなく扉を開けて、教室内に入るも、今までと変わらず、これまで通りだった。
一つ、変わったことがあるとしたら、サジマが手をださなくなったことだった。わたしの顔を見たら舌打ちはするも、すぐに顔を伏せて自分の席に帰ってしまう。
サジマという脅威的な存在がいなくなっただけでも、こんなに生きやすくなるなんて、ツキ先輩様々だ。
「狐井さん、…なんだか表情が明るくなったね」
「あ、わかるかな?月先輩に相談したおかげで、気分が晴れやかなの。こんなことなら、早めに言ってみればよかったな」
わたしの気分とは正反対に、キリンくんの調子がうまくあがらない。ぐしゃぐしゃに掻き乱した前髪から、ピン留めがコロンと落ちる。
「…やっぱり、このまま斎藤さんと付き合うの?」
一時、ツキ先輩の氷のような冷徹さが怖くて、近寄るのも避けていたけど、あれはわたしの不安が見せていた幻なんじゃないか、って今はそう思う。
だって、ほんとうのツキ先輩はこんなにも愛に溢れてる。わたしを守ろうと、学校中の敵から守ってくれたヒーローだよ。そんなの、信じずにはいられない。
「…うん、そうしようかな」
「……そっか」
キリンくんはピン留めを掌に乗せたまま、それきり、黙り込んでしまった。