キリンくんはヒーローじゃない
高嶺の花


「…狐井さん」


屋上へと続く非常階段の隅で、階下で無邪気に笑う生徒たちの歓談をバックグラウンドに、愛読書である少女漫画を片手に優雅なひと時を過ごしていた。

足音を響かせながら登ってくる謎の人物に少し身構えつつ、持っていた漫画を後ろ手に隠すと、控えめに呼ばれた名前にピンと張っていた緊張の糸が解かれる。


「なんだ、黄林くんか。無駄に驚いて損した」

「え、あ…ごめんなさい。A組を覗いてみたらいなかったから、もしかしたらここかと思って」


キリンくんは相も変わらず、わたしの姿を認めるとどこか恐々としながら、俯きざまに言葉を漏らす。


なにをそんなに怯えているのか。わたしのクラスのいじめっ子と対峙するわけじゃないんだし、堂々としていればいいのに。彼と見知った仲になったのはまだたった数日だけど、彼の態度には些か同意しかねている。


「…突っ立ってないで、座ったら?」


急に声をかけられてびっくりしたのか、天井を見つめていた彼の視線が、不自然に揺れる。わたしが隣のスペースに一人分の空きを作ると、ゴクッと大きな唾を飲み込んだ彼が、「じゃあ…」と掠れた声で時間をかけて隣に座る。


「それで?…わたしになにか用だった?」

「えっ?」

「違うの?わざわざDからAに来るってことは、今すぐ伝えたい何かがあったのかと思ったんだけど…」


キリンくんは、慌てた様子で両手を顔の前で振る。どうやら、わたしになにか急用があったわけではなさそうだ。


「え、っと…」


キリンくんは、脇に抱えていたあるものを取りだして、わたしに見せてくれる。


「今日、学校にきて机の中を見てみたら、教科書がこんな状態になってて…」


黄林皐大、と丁寧に書かれた教科書には、カラフルなペンで雑に落書きされた跡や、所々のページが破り捨てられていて、見るも無残なものになっていた。

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