キリンくんはヒーローじゃない
「ねえ」
かけられた声に、背筋が伸びる。今まで無視を貫いてきたくせに、今さらなんの用だ。しまおうとしていた教科書を机の上にゆっくりと置いて、声の主のもとへと振り返る。
「あんたさ、月くんと付き合ったらしいじゃん」
携帯を片手に、気に留める様子もなく話し始める。
「うん」
「…そんな睨むなって。別に月くんを奪ったからって、手だしたりしねぇよ」
メッセージを打ち終えたらしいサジマは、携帯をスカートのポケットにしまって、目線を合わせる。
「あんたって、黄林皐大と付き合うもんだと思ってたから、なんか拍子抜けしてさ」
「…なんで?」
「まあ、一番の理由は月くんとあんたが釣り合ってないからだけど、」
手櫛で前髪を整えて、息を吐く。
「でも、盗撮されたどの写真も、黄林と映ってるやつ限定で、いい顔してんじゃんって思ったんだよね」
因縁の相手だったサジマにそんなことを言われるなんて、明日は槍でも降るのかな。
「目つきが悪いからって、虐めてきたあたしに言われてもムカつくかもしんないけど、笑ってるほうが百倍いいじゃんって、クラスでもそんな顔すればいいのにって思ってた」
聞き流してくれていいよ、とサジマは派手なネイルを指で触りながら、呟く。
「黄林じゃなくて、月くんを選んだのは狐井自身なんだから、あたしからはなんも言えないけど」
ジャラジャラと、キーホルダーをつけすぎて校則ギリギリな鞄を肩にかけながら、教室をでていく。
「…月くんには、気をつけたほうがいいよ」
上履きの底をカツンと鳴らして、颯爽とこの場を去っていった。