キリンくんはヒーローじゃない
「そういうツキ先輩のところは、なにをやるんですか?」
いつもツキ先輩のペースに巻き込まれて、途中で話題が切り替わることがあるから、すぐに問いかけてみる。
「俺のところはつまんないよ。男女が服装交換して、喫茶店やるんだって」
「…つまりは?」
「俺がメイドをやります」
なんで、そんな大事なことを隠してたのか。ツキ先輩が女装をするって需要ありまくりで、とても楽しみすぎる。
「ちなみに、メイド服のデザインは…」
「そんなの知らないけど、安物で済ませるって言ってたから、普通のやつじゃないの?」
ツキ先輩なら、短いのも長いのもどちらにしても似合いそうだ。わたしの熱意にどこか引き気味の先輩は、言わなきゃよかったと鼻を掻く。
「ねぇ、見にこないでね」
「なんでですか?」
「……もう、勝手にして」
徐に、わたしの腕を引っ張った先輩は、拗ねた顔でずんずんと先を行く。
「怒ってますか?」
「…怒ってないよ」
「ちょっと、ウザかったですか?」
「…んー、ウザかったかも」
嘘つき。大してウザいと思ってなかったくせに。握った掌は、気分よさげに揺れている。
「わたし、朝一番に先輩のクラス、覗きにいきますね」
「諦める気は…」
「ありません!」
晴れ間が雲で覆われる。ツキ先輩の気分も急転直下のようで、先ほどまでリズムよく揺れていた掌も、なりを潜めていた。