キリンくんはヒーローじゃない
「小梅ちゃん。ちょっと、抜けださない?」
左手にコーヒー牛乳、右手にミルクティーを持ったツキ先輩が、舞台装飾が行われている、一年の廊下にやってきた。
「クラスの準備は大丈夫そうですか?」
「担当してた看板作りが早々に終わっちゃったから、会いにきた」
先輩は中途半端な壁面の色塗りを、画用紙に指定されている色で塗っていきながら、軽やかな筆使いで完成させる。
「うん、こんなもんじゃない?」
できあがった壁面を日の当たる場所に設置して、彼はわたしの手を取る。
「行こう」
先輩に連れられて、製作物の間を縫って、階段を降りていく。立ち上がる際に見えたキリンくんの顔は、一瞬動揺をしたものの、数秒後にはいつもと変わらずな仏頂面で、作業を進めていた。
「はい、ミルクティー」
「ありがとうございます。先輩はコーヒー牛乳なんですね」
「普段は無糖だけど、疲れた時には甘いものがほしくなるっていうでしょ?」
渡されたミルクティーを両手で抱えつつ、一階の廊下を抜けていく。職員室、保健室、各教科担当の準備室を通り越して、演劇部の衣装部屋に辿り着く。
「入って」
ポケットから小振りの鍵を取りだして、鍵穴に入れる。すんなりと解錠された扉は、小さく音を立てて、閉まる。
「わぁ、かわいい衣装!」
部屋に入ると、いくつもの衣装がハンガーで吊るされていた。お姫さま用のドレス、王子さま用の煌めくタキシード、町娘用の気取らないエプロンワンピースなど、目移りするものがいっぱいで、着ているのを想像するだけで幸せになった。