キリンくんはヒーローじゃない
「どうして黄林くんが…」
虐められる対象はわたしだったはずだ。キリンくんの今までの言動から言っても、クラスで虐められているといった事実は聞いたことがない。
「僕もいまいち状況を理解できていなくて。…でも、クラスの様子は特に変わりないし、教科書以外は何もされてないから、言おうか迷ったんだけど」
キリンくんは、持っている教科書の端をぎゅっと握りしめ、決意したように言う。
「僕がこの被害に遭ったのは、狐井さんを庇っていじめっ子たちに反抗した時から、だし…。もしかしたら、僕が火に油を注いで、狐井さんがひどい目に遭ってたら嫌だな、と思って…」
キリンくんは、虐められているわたしの身を案じて、こうして様子を伺いにきてくれたのだ。恥ずかしそうに下を向いているキリンくんを目に映し、彼の優しさに思わず、心が打たれた。
「心配してくれて、ありがとう。虐めの環境は相も変わらずだけど…でも、黄林くんが思っているようなひどいことはされてないから、安心して」
今まで通り、クラス中の人には無視をされて孤立気味ではあるし、変な言いがかりもぜんぶわたしに降りかかってくるけれど、何もかもいつも通りだ。急にひどくなったりだとか、そういうことはない。
キリンくんは、一気に引き詰めていた糸が緩まったかのようで、身体の中心から力が抜けていき、膝を抱えて丸まった。
「よかった。…授業中もずっと気が気じゃなくて」
弱々しい声色には、両手いっぱいの優しさが包まれている。まだ、あなたのことは知らない部分が多すぎるけど、困っているひとを見ると身を呈して助けてくれるところとか、自分のことより相手を心配してくれるところとか、とても素敵だと思う。
「…なにそれ。授業はちゃんと聞かないとダメでしょ」
「…気をつけます」
「いちいち真に受けないの、冗談だよ」
そして、そんな直向きに優しいあなたのことを、もっと知っていけたらいいなって思う。