キリンくんはヒーローじゃない


「ほんとうにでる気なんだ…」


キリンくんは名前を呼ばれるとその場から渋々立ちあがり、赤ずきん役であろう女の子のそばへいく。


「なぁんだ、動画ここまでか。せっかくなら、演技しているところまで撮っておいてくれたらよかったのに」


マドカちゃんは、朱夏ちゃんからのメッセージを口を尖らせたまま閉じて、机の上に伏せる。


「…狐井さん、大丈夫?」


動画を見終わってから、寸分たりとも動けずにいるわたしを見て心配したのか、目の前で掌を左右に揺らす。


「見えてるー?…さすがに見えてるよね?」

「…見えてるよ」


だよねぇ、と眉を最大限に下げてヘラヘラ笑うマドカちゃんは、わたしの反応があったことに安堵したようで、瞬時に手を引っ込める。

関わっていくことでわかってきたけど、マドカちゃんはかなりの天然だ。周りのみんながばかだなあって思うことでも、嫌味なくやってしまえる性質を持っている。


「狐井さん、気になるんでしょ?」


恥ずかしながら、図星である。

やる気のなかった演技をなぜ今さらする気になったのか、自分以外は興味なしって感じだったのに、周りのひととちゃんと関われているのかどうかなど、気になりだすとキリがない。


「このまま作業しても効率悪くなりそうだし、三十分くらいなら抜けても取り返せるでしょ!」

「…つまり、」

「体育館にレッツゴー、ってこと!」


マドカちゃんの勢いに流されて、教室を飛びだした。途中まで作りあげたガラスの靴が床に転がっていることに気づいたけど、足を止めることはできなかった。

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