キリンくんはヒーローじゃない
体育館に着くと、溢れんばかりの女子生徒がキリンくんの姿を目に入れようと、携帯片手に押し合っている。
「うわぁー…地獄絵図」
マドカちゃんは、あまりのひとの多さに体育館の中に入ることを、諦めたようだった。ぐちぐちと文句を垂れながら、柱に寄っかかっている。
「わたし、ここで待ってるから、狐井さんは行っておいでよ」
「…本気で言ってる?」
「うん。あの、ひとの群れの中に入っていけるほど、神経図太くないや」
キリンくんのことは気になるけど、そう言われてしまえば、自分で行く勇気が持てない。あとで聞けばいいかな、と尻込みする。
「やっぱりやめようかな…」
「えー、行きなよ!気になって仕方ないって顔してたじゃん。あとで後悔するよ?」
そんなことを言われても、だ。ひとの多さに圧倒されて、足が動かない。自分のちっぽけな心と、本気の彼女たちの想いとを比べたら、引き下がるしかないんじゃないかって、そう思う。
後退りした身体は、向かってくる誰かと衝突し、バランスを崩す。
「…狐井と、それから三枝。二人してここでなにしてんの」
「…あ、佐島さん。…買いだし、お疲れさま」
買いだしから帰ってきたサジマが、わたしたちの背後に立ち、体育館の中を眺める。わたしとマドカちゃんにオレンジジュースの缶を渡すと、飲むように促す。
「体育館って劇練習してるんだよな。今は、確か黄林皐大のクラスだっけ」
自分用の炭酸飲料の蓋を開けながら、背を伸ばして中の様子を伺う。
「見えないけど、大体の予想はつくな。…今の時間はD組、女子がこんなに騒ぎだすってことは、黄林皐大が劇にでもでてんの?」
わたしの顔を盗み見て、ニヤリと笑う。ツキ先輩って彼氏がいるのに、キリンくんの存在を気にしてるのがおかしくて堪らないんでしょう。