キリンくんはヒーローじゃない
「…正解。赤ずきんの狼役で出演するらしいよ」
「へぇ、驚いた。そういうの徹底的に嫌がりそうなのにな」
わかる。サジマと同じ考えなのは気に食わないけど、イメチェンする前の彼をよく知っているからこそ、なぜ出演することに決めたのか、納得がいかない。
「狐井」
「…なに」
「こんなところで足踏みしてないで、黄林皐大のところに行こうぜ」
なんで、わたしがあんたと連れ立って、キリンくんの元に行かなければいけないのよ。小さく拒否反応を示しても、世界の中心は自分だと思っているサジマには全く届くはずがなく、強引に肩を抱かれて、逃げ場を失われてしまった。
「狐井さん。…ナイスファイト!」
マドカちゃんは、サジマの注目がわたしへと移ったことが嬉しいのか、満面の笑みでガッツポーズをしてきた。
なんとなくムカっとしたので、戻ってきたら、サジマを携えて、散々に弄ってやろう。うん、そうしよう。
「下手くそな演技してたら、観れたもんじゃないよなぁ」
まだ、キリンくんの姿は見えない。女子の間を掻い潜って、前へと突き進むが、上履きを容赦なく踏まれたり、押し戻されたりして、なかなか思うように辿り着けない。
「あ、…ちょっと待って」
団扇を持って大興奮をしている二人組の間に、荷物を置いたことでできた隙間があることに気づいた。
「お、いいじゃん。…さ、お手並み拝見といこうか」
サジマとわたしは、僅かな隙間に目を凝らして、集中する。
「…なぁ、聴こえる?」
「…全く。元気のいい女子生徒の声で掻き消されてる」
キリンくんの姿は辛うじて見えたが、肝心の台詞が入ってこない。応援するのは構わないが、熱がこもりすぎじゃないだろうか。
耳に手を当てて、鼓膜に全神経を纏めた時だった。キリンくんの足が、体育館中に地響きを起こさせた。