キリンくんはヒーローじゃない
からりと、赤く燃え盛る太陽にも負けないような顔で笑うキリンくんを、わたしは、なにも言えずに見つめていた。
「…狼役をやろうって決めたのも、狐井さんの言葉があったからだったんだよ。もったいないって、背中を押された気がして、この苦手意識を乗り越えられたら、もっと自分を好きになれるって思って」
キリンくんって、こういう男の子だったよね。わたしのなにげない言葉を間に受けて、純粋に信頼して、精一杯に頑張れるひとだった。
「ほんとうは本番まで内緒にしておくつもりだったけど、…無理だったね」
台本を抱え直して、ジャージの首元に顎を埋めると、ステージの中央に向かって歩きだした。彼の背中には確固たる意志が見られ、そよぐ風がかわいく悪戯を仕掛けても、揺らぐことはなかった。
「…素直になればいいのに、ばかなやつ」
キリンくんは、ステージの中央に戻ると、すかさず中断していた演技を再開させる。その後、何度かキリンくんと目が合いそうになる機会があったが、ことごとく逸らされ、結局一度も目が合うことはなく、練習時間は過ぎていった。
「おかえりー!黄林くん、どうだった?」
キリンくん目当てで集まった複数の女子生徒と共に、体育館からでてきたわたしとサジマを目にして、元気に問う。
「頑張ってたよ。思っていたより、演技もうまくてびっくりしちゃった」
「えー!やっぱり、ちょっと観たかったな!残念ー」
演技中に一度も目線を合わせてくれなかったのは、彼なりのわたしへの卒業も含まれていたのかもしれない。当たっているかもわからないし、確かめようもないけれど、どこかでわたしの勘が告げている。
「…わたしも、頑張る」
文化祭当日まで、あと二週間足らず。取り組むことは違えど、成功させたい、頑張りたいって意識は同じはずだよね。
「よし!戻って、ガラスの靴の続きをするぞ」
キリンくんが言ってくれたように、わたしも自分自身を好きになりたいから、変われる努力をする。
そして、文化祭が終わった暁には、自信がついた二人で、またふざけ合って笑いたい。