キリンくんはヒーローじゃない
「今日の授業はこれでおしまい。明日は必ず、林間学校のしおりを持ってくること!それではさようなら」
授業が終わると、今日は臨時の職員会議があるらしく、明日の持ち物や必須事項だけ告げると、担任は慌ただしく教室を去っていった。
明日は、九月上旬に行われる林間学校の班分けや、予定の確認などをするため、しおりを持参とのことだ。
一、二年が参加をするこの大型行事は、学年の垣根を越えて交流をする機会が多いため、毎年何組かのカップルができて終わるという、色恋沙汰にとりわけ興味があるわたしたちにとっては、うってつけの企画である。
「別に、期待してるわけじゃないけど…」
二年生には、みんなの憧れの的であり、まさに高嶺の花という言葉がぴったりな、斎藤月先輩がいる。文武両道で、容姿端麗、おまけに飼育小屋で飼っているうさぎにもお情けを向けてくれる、非常に人情深い方だ。
そして、クラス中から孤立をしているわたしに対しても、好奇の目を向けることなく、毎日挨拶を返してくれる。
「斎藤先輩は、…わたしの理想の王子さま」
自分から彼に声をかける勇気も、図々しく隣を歩く権利もないけれど、それでいい。遠くから密かに眺めていられるだけで、わたしは充分幸せなのだ。
「おい、狐井」
自らのバイブルである少女漫画の、とあるシーンを思い返して、今の自分と重なる状況であることに胸を躍らせた。
「狐井、聞いてんのかよ!」
机の脚を思いきり蹴られたことで、現実世界に舞い戻る。彼女の上履きがわたしの膝にも微妙に掠って、地味に痛い。
「…なに?」
「あ?なんなの、その態度。この前、偶然助けてもらったってだけで調子乗んなよ」
わたしが思っていたよりも根に持っているらしい。一人で勝手に思い出しては、むしゃくしゃする感情を抑えきれずに、鼻息を荒くしている。