キリンくんはヒーローじゃない


「そういえば、…狐井が」


固く結ばれたはずの絆の糸が、あろうことかたった一人の呟きによって、脆く崩されていく。


「わたしも、残って作業したいって狐井さんから聴いたような…」


こうなると、もう止める術もない。わたしの名前だけ一人歩きして、真実は闇に葬り去られる。サジマの時に既に経験しているのに、全身が一気に凍りついたかのように寒くなる。


「あんたらさ、どういうつもり?」


わたしの冷えた身体を受け止めて、しっかりと立たせてくれる。


「狐井がそんなことするわけないじゃん。誰よりもシンデレラに向き合って、よりよくしようと頑張ってくれてたのはこいつでしょ」


サジマは、わたしの背中をさすって、温めてくれようとする。


「わたしも、狐井さんじゃないと思う!D組の衣装までバラバラにするなんて、よほどのことがなきゃやらないはずだから…」


マドカちゃんが、わたしのお腹に手を回して、背後から抱きつく。


「狐井もさ、違う時は違うって言っていいんだ。無理して受け入れたって、なんのメリットにもならないし」


サジマがそれを言うのかって感じはするけど、わたしだって、自分の気持ちを表に吐きだしてもいいはずなんだよね。やられっぱなしでいる必要はないはずなんだ。


勇気をだして、力を込めて、精一杯届けることができるように、息を吸う。


「わたしは、やってません。…残るつもりではいたけど、先生に暗くなるから帰りなさいって言われて、そのまま帰りました」


わたしを責め立てていた声が、一気にしん、と静まり返る。握りしめた掌は、手汗でびっしょりと濡れている。

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