キリンくんはヒーローじゃない
「狐井に早く帰れって言ったのは、俺だ。そのあと、鍵の点検をして回ったが、怪しい人物はいなかったな」
D組の担任である江藤先生が、舞台裏へと続く階段を登ってきて、言う。強面で有名な江藤先生に証言されてしまえば、これ以上はなにも言えずに縮こまるだけだった。
「…なに、佐島は狐井に手懐けられたの?」
「ひと聞きの悪いことを言うな!あたしが自分の意思で、狐井の味方になることを決めたの!」
「そうか、あの佐島がなぁ。…お前も成長したんだな」
「ジジイ臭ぇこと言うな、気持ち悪い!」
サジマは、鋭い言葉で江藤先生に食ってかかるも、わたしを受け止めている手は絶対に放さなかった。どこか嬉しく感じるのは、気のせいにしてもらいたい。
「…で、まぁ、本題に戻ると、A組もD組も何者かに準備してたものを壊されて、このままだと続行不可能。辞退待ったなしってことだろ?」
相変わらずサジマが威嚇を続ける中、クラスの雰囲気は最悪で、江藤先生の言葉を受けた途端に、気分はがっくりと最下層に落ちていく。
「まあまあ、そう落ち込むな。なにも、現実を突きつけるためにここにきたわけじゃない」
キリンくんが両手一杯の衣装を抱えてやってくる。無表情で、机の上に丁寧に並べられたそれは、まさにわたしたちが求めていたものだった。
「演劇部から、赤ずきんとシンデレラの衣装を借りてきた。舞台背景も少々ホコリは被っているが、使っても構わないと言っていた」
みんなの顔から、少しずつ希望が芽生え始めてきた。最悪な事態を避けられたことにわたし自身も安堵する。
「もちろん、演劇部の借りものだから、演技点でのみの評価になってしまうが、一生懸命練習してきたお前らならいけるよな?」
そうだよ。本番に備えて、何度も魅せ方や声の張り方、誰にも負けないぐらいに練習したんだ。ほんの少しのハンデだって、乗り越えてみせる。
隣に立つ、サジマやマドカちゃんと視線を合わせ、気持ちを固めた。