キリンくんはヒーローじゃない
落ちて、捕まえて
「狐井さん…!」
支えられた身体は、温かく優しい。惨めなわたしには、後ろを振り返る勇気もなかった。
「おっと、王子さまのご到着か?…可哀想だけど、ヒロインはもう簡単には目覚めないと思うぜ」
「…狐井さんになにをした」
「なにもしてない、真実を話しただけだ。勝手にこいつが自滅したんだよ」
そうだ、彼はなにも間違ったことを言っていない。今までのことを聞いて、わたしの心がパンクをしただけだ。
「狐井さん…、焦らなくていいよ。大丈夫、僕がついてる」
何度も何度も、キリンくんのことを押しのけて、ツキ先輩のほうに身を寄せたわたしのことを、あなたは、簡単に許してしまえるんだね。
「狐井さんの心を奪って、傷つけて、…弄んだあんたのこと、僕は絶対に許さない」
ひょい、とわたしの身体を横抱きにして、教室を抜けだしたキリンくんは、階段を下りて、二階の保健室へと向かう。
「先生は確か…、保健委員の発表に付き添っているのか」
机に乗せられたメモに目を通して、わたしの身をベッドの上へとおろす。
「ずっと、ついててあげられたらよかったんだけど、…次の劇の時間が迫ってて」
わたしの髪の毛をするりと指で梳かしたあと、涙で濡れた下瞼を指の腹で拭った。
「空き時間には戻ってくるようにするから、僕がいない間は、ゆっくりしてて」
ここで、行かないでって言えたら、かわいいんだろうけど、今日までキリンくんがどれだけ頑張っていたのか知っているから、寂しい心には蓋をして、見送ってあげたい。
「頑張ってね」
「…うん。めちゃくちゃ頑張ってくる」
キリンくんは、嬉しいような、辛いような、どっちつかずの表情を残して、保健室をでていく。