【極上旦那様シリーズ】俺のそばにいろよ~御曹司と溺甘な政略結婚~
 辻野さんは腕時計を見てから手際よく出口へと促す。

「行こう」

 柊吾さんは私の背に手を置き、歩き出した。

 車に向かいながら、私は妻らしく挨拶できなかったことにため息をつきたくなった。

 でも、ああいう場面でなんて言ったらいい?

『うちの主人がお世話になっています』? それとも『家内の心春です。よろしくお願いします』?

 いくつかの言葉が頭に浮かんだけど、恥ずかしくて声に出せなかった。

 そんな自分を子供だなと思い、自己嫌悪に陥る。

 空港の外では、黒塗りの高級車が待っていた。

 運転手が車の横に立っており、柊吾さんからスーツケースを受け取り、トランクに入れる。その間に、辻野さんが後部ドアを開けた。

 私が先に乗り込み、柊吾さんが隣に座る。辻野さんは助手席だ。

 私たちがシートベルトを装着すると車は静かに動き出した。

「辻野さん、明日の予定を確認したい。変更はないか?」

 柊吾さんが声をかけると、彼女は上半身を後ろに向け、手に持つタブレットを見ながら口を開く。

「はい。変更はありません。明日は九時三十分より取締役会議、その後、専務と常務とランチミーティング。十四時から主要な取引先の挨拶回りを予定しております」

 明日から八神物産の社長としての仕事が始まる。スケジュールを聞いているだけで、大変そうだ。

 パリでは真夜中も働いていることがあったけど、それとは比較にならないくらいに忙しくなるのかも。

 早くもパリでの生活が懐かしくなる私だった。

 その後も、柊吾さんと辻野さんは仕事の話をしており、私は邪魔をしないように窓の外を眺めていた。


< 175 / 250 >

この作品をシェア

pagetop