海の底にある夢【完】
鳥かごから逃げてしまった鳥を追いもせず。
犬に噛みつかれたら他人に押し付け。
猫の素っ気ない態度に放置し。
馬がこの中でも唯一構う期間が長かったが、乗馬をマスターしたとたん、その馬に乗らなくなった。
我儘にもほどがある。
「大丈夫ですよ」
エアのその後の返事にキリアスは目を丸くした。
「私の寿命は残り一年もありませんから」
「なんだと…?」
「なぜか一年分の寿命だけ残されたんです。不死身の代わりに、一年間も生きることができます」
「一年間しか、だろ」
「いいえ。本当は今すぐにでも死にたかったのですが、なぜか生かされて…ご迷惑でしょうし、捨てられても構いません。ここで死ぬよりは…断然マシです」
窓もない、閉鎖的な環境で一人ひっそりと死ぬならせめて空が見えるところで死にたいと思った。
母が昇っていった、天が見えるところで。
「……おまえを外に出すかはあの方次第だ」
先ほどまで取り乱していたが、冷静さを取り戻し淡々とそう告げると、彼はトレーと書類を持って部屋から立ち去った。
エアはため息をつき、手枷の鎖をジャリジャリと鳴らす。
これを外してくれなかったから自然とため息が出たのだ。
落ちる点滴を見上げ、俯くと毛布を今一度抱きしめる。
(彼は最初から私を殺す気だったんだ)
不死身だと知らないのに食事に毒を盛るなんて人にすることではない。
理由はわからないが、どうやらここにいられては都合が悪いのだろう。
しかし逃がすわけにもいかず、いっそ自然毒で死んでもらった方が楽に処分できると考えた。
(あのエビ、だよね)
悪い菌や寄生虫がいてもおかしくない。
見た目は火が通っているように見えたものの、毒入りのエビにすり替えることは可能だ。
自分の存在が王子に悪影響を与えることを危惧しての行い。
他人にされて嫌なことはするな、とよく言うがそれが通用しない世界にいることを彼女は悟った。
王族のことはよく知らないが、派閥や勢力争いがあることは噂で聞いたことがある。
(まあ、関係ない、か)
どうせ一年で死ぬのだからこの先を担う王位争いなど興味はなかった。