海の底にある夢【完】
キリアスは人気のない廊下を進んでいた。
ここは彼の実家であり、人々には廃屋だと思われている。
昔は栄えていた一族だったと聞いた。
しかし、今は彼一人だけである。
オルガノ王国が一時期大不況に陥ったときがあった。
二十五年ほど前のことだが、そのとき強盗が押し入りほとんどの家族が殺された。
唯一生き残っていたのが彼の父親で、ちょうど仕事で家を留守にしていた。
当時のことはあまり語ってくれず、父親は結局心の病で衰弱し命を落としてしまった。
父親はキリアスの母親とは結婚をしたがらなかった。
母親の方の家元が名家で街で知らない者はいないほどだった。
もちろん父親も母親のことを知っていた。
密かに想ってはいたが、叶わぬ淡い恋だ、高嶺の花だと諦めていた。
しかし母親は彼の惨劇を聞きつけると手を差し伸べてきた。
最初は雇われただけだった。
しきりに気にかけてくれる優しい彼女に対する恋心は膨らむばかり。
毎日、葛藤していた。
自分はいわば変な虫だ。
あんな可愛らしい彼女とは住む世界が違う。
毎日心が削られる思いで彼女を見つめ、目が合いそうになるとそらした。
そんな日々を過ごすうち、彼女から近寄ってきた。
拒んでも逃げても会いに来る。
触れてくる。
先に観念したのは彼の方だった。
そうして添い遂げたものの、彼らの仲はバレてはいけない関係だった。
秘密裏に何度も重ねる逢瀬の末、二年後、彼女が身籠った。
早急に犯人捜しが始まり、ついに彼は見つかってしまった。
彼は出禁となり、廃れた実家に帰らざるを得なかった。
彼女は子供を下ろすよう言い渡されたが拒絶し、精神的にも不安定となり結局産むことを許され、キリアスを産んだ。
彼女の家は代々王家に仕える家系で、もちろんその事実は隠蔽された。
しかし彼女は出産と同時に帰らぬ人となり、彼は再び呼び戻された。
仕方なく彼を養子に迎え、子供も全うに育てることになったのだ。
両親がいないとなると子供の教育に悪いという考えで、彼はキリアスが三歳になるまで会うことを禁じられ、その間完璧な執事となる厳しい教育を施された。
そのような過去を父の死に際に本人から聞かされたものの、キリアスは現在、執事の仕事に就くことができている。
それは父のたゆまぬ努力のおかげであり、母親の面影を僅かだが残しているからだと考えている。
そして彼自身も、一切の怠惰を捨てストイックに執事としての職務をこなしていた。