海の底にある夢【完】
キリアスは古びた実家を後にし、王城に向かった。
天高くそびえる王城の影に、今の時間帯は彼の実家が埋もれてしまう。
なぜこんな設計ミスをしたのだ、と彼はいつも思っていた。
日照権が無かった時代に城が建て替えられたにしてもこれは酷い。
そのせいで家には湿気を好む植物が鬱蒼と生え、家も水分を含み痛みが激しい。
カビや埃臭さも否めず、周辺住民も早々に引っ越しを余儀なくされた。
しかし幼少の頃、父親がたまに連れてきてくれた実家を売り払うことなどできず、城に仕えていようとも捨てることができずにいた。
(これからどうしたものか…)
ディレストには、不審者を城に入れるわけにはいかない、ととりあえず実家に置くことを説得し許しを得た。
幸いにもオルガノ王国に住んでいた彼女の住民票は探せば見つかるため、身元は保障できる。
問題はその後、だ。
ディレストは城に迎えたがっているが、国の税金で働く騎士を彼女の護衛につけるわけにはいかない。
ましてや死なないとなると、護衛が必要かどうかも怪しい。
護衛ではなく監視、とすればいいのかもしれないが、それなら城に入れなければいいじゃないか、という話に戻る。
(あー…非常に面倒くさい)
世話は自分でしろ、とディレストに言ったものの、それは不可能なのではないかという気持ちになってきた。
両親がいない。
身元も今のところ不明。
不死身。
寿命が残り一年。
それに、女、ときた。
(俺の手に余る…このままでは)
もっと彼女の生活力などの能力を知る必要がある、とキリアスは思った。
読み書き、炊事、掃除、洗濯、マナー…
髪の色は染めればいい。
瞳は眼鏡でもかければ幾分目立たない。
肌は服装に気を付ければいい。
(……俺がこんなことを考えるなんてな)
どうも寿命が短いと知って、同情している自分がいる。
このご時世、平均寿命は五十歳だ。
病で亡くなる者も多く、健康寿命だともっと短くなる。
両親を二人とも健康に関わる部分で亡くしたため放っておけない、という想いが少なからずあり、彼女を今後どうすればいいのか考えあぐねいていた。
「ディレスト様、ただいま戻りました。報告書はできましたか?」
ディレストの執務室にたどり着くと開口一番にそう言った。
「嘘の報告書、の間違いだろ」
「ええ、まあ」
「今回はおまえのを写しているんだ。すでに終わって退屈だったところだ」
「それはすみませんでした」
「で、あの女はどうにかできそうか?」
見事な金髪に戻った彼は書斎で頬杖をついてキリアスを見ながらニヤリと笑った。
細められた瞼の奥に緑色の瞳がおかしそうに光っている。
最近まで珍しく寝込んでいたとは思えない。
「能力が見込めればこちらで雇うことは可能かと」
さて。
これからどうなることやら…