海の底にある夢【完】
「あなたの言葉に私は納得してしまいました。確かにあの方の背中は偉大です。ついて行った先に何があるのか楽しみにしてしまっている自分がいます」
「僕も半日の視察には同行したいところだけど、王子がどちらも城からいなくなっては心もとないからなかなかできなくてね」
「船酔い覚悟でならばよいのでは? 昼帰りですから影響は少ないかと思います」
「あはは。いやー、遠慮しておくよ」
「それは残念ですね」
そんな二人を遠巻きに見ていた侍女たちが一斉に口元に手をあてた。
今日一番のお二人の笑顔頂きました、と皆一様に親指を立ててグッドの合図をし合う。
毎度のことながら何やってんだこいつら、とその様子を壁に控える騎士たちがさらに遠巻きに見ていた。
「あと、そうそう。侍女を一人増やしたって?」
「ええ、はい」
キリアスは聞かれたことに対して少し身構えた。
まさか彼の耳に届いているとは思っていなかったのだ。
「侍女たちが話していたよ。仕事はできるのにまるで人形みたいだ、と」
「その言葉通りです」
「あと、君がやけに目にかけているということもね」
「やけに、ですか…」
「まああくまで噂だから僕はあまり真に受けていないんだけど、実際はどうなんだろうと思ってね。僕もちらっと見かけたけど、兄上の余所行きと同じ染料で髪を染めているようだから噂も嘘ではなさそうだし、本当のところはどうなんだろう、と君に聞いてみたかったんだ」
わかる人にはわかるものだな、とキリアスは苦笑するしかなかった。
「染めているのは事実です。目立つ色でしたので染めるよう言いました」
「明るい髪色だったってこと? でも金髪以上に目立つ色ってそうそう無いよね」
「………白髪なのです」
「へえ、それは珍しいね。でも仕事はできるからどうしても雇いたかったの?」
「今は後悔、していますが…」
そこでハッとし、キリアスは腕時計に視線を落とした。
そろそろディレストの日課が終わる時刻だ。
「申し訳ございません。そろそろ時間ですのでこれで失礼いたします、ブレスト様」
軽く頭を下げさっと立ち上がり踵を返したキリアス。
「ああ、ちょっと待って」
しかし、急に後ろから呼び止められたためぴたりとその動きを止めて振り返った。
後ろではブレストが立ち上がっているところだった。
その間が、少し気まずい。
「その侍女、こっちに回してくれない? ちょうど新しい人が欲しかったんだ」
「え、ええ。構いませんが」
「うん。ありがとう。ネズミの処分はもうしなくてすむと思うから安心して?」
と、ブレストがキリアスのズボンの裾を指差した。
そこには今朝ついた土が僅かに残っており、払い残しがあったことを指摘されて、さらに今ようやくあることに気が付いた。
今の自分は随分余裕がないな、と。
「………はい」
そのせいで、彼はそう短く返事することしかこのときはできなかった。