海の底にある夢【完】
ブレスト・オルガノ、という王子の元に配属されることになった。
しかし、弟の方だと知りエアは困惑した。
確か、自分を拾ったのは兄の方だったはずだ。
その兄王子とは未だに会えておらず、キリアスに聞くタイミングも掴めていない。
よくわからないが、きっと忙しいのだろう、と思うことにした。
「エア・スミスと申します。本日からよろしくお願いします」
「うん。よろしく」
城に来てから一週間後、初めて王族に会った。
相手はブレスト。
十五歳と聞いていたのだが、本当だろうか、と目を疑った。
自分よりも随分と大人びて見えた。
とても年下には思えない。
「君の働きっぷりがいいって聞いてね。ちょうど人が欲しかったからキリアスに頼んで配属を変えてもらったんだ」
「はあ、そうですか」
「ははっ。そこはありがとうございます、だよ」
「ありがとうございます…?」
「ふふっ。仕事は他の侍女に聞きながらやるといい。皆気さくだからなんでも教えてくれるよ」
「はい」
(よく笑う人…だな)
さっきから笑ってばかりだ。
見た目がいいから悪い気はしないけど、なんとなく腹の中が見えない笑みでこの人は少し苦手だな、とエアは感じた。
継承者争いがあるという噂があるようだし、あまり信用しない方がいいのかもしれない。
だから必要以上の会話はせず、エアは彼の部屋から早々に立ち去った。
(綺麗な青だ)
一方、ブレストはそんな感想を抱いた。
眼鏡のレンズでカモフラージュされてはいるが、真正面で見るとその瞳は海のような深さを感じた。
いつまでも見ていられる、と本気で思った。
(肌も綺麗だし)
長い黒髪のせいで顔色が悪いように感じるが、これで白髪だと想像すれば違和感は全くない。
(こんな女性、なぜキリアスは雇ったんだ…?)
どこか闇市で見つけたのではないかと疑うほど、人間離れした容姿に疑問を抱く。
顔のパーツこそ平凡で表情も動かないが、人目をかなり引くだろう。
しかも仕事ができるとなればいかがわしい想像ばかりが膨らみ、慌てて打ち消した。
(気にはなるが、いじめの対象になるのも頷ける、か)
皆、エアの表情を変えてみたいのだ。
怒った顔でもいい、悲しんだ顔でもいい。
どんな表情をするのか、気になって仕方がないのだ。
エアが退室してからブレストは立ったまましばし考え込んだ。
どんな表情になるのだろう、と。
「ブレスト様が何か疎い気な眼差しで考え込んでいらっしゃるわよ…!」
「まあ…!」
その頃、侍女たちが目の保養だなんだと部屋の隅でひそひそと話していたのだが、彼の視界には一切入っていなかった。