海の底にある夢【完】
そうして死んだように微動だにしない彼は、数秒で眠りについてしまった。
キリアスに公務に増やされ疲労がたまっていたのだ。
意図的にかは知らないが、例の女にはなかなか会わせてもらえず、抜け出して気分転換に乗馬をしようとするとばったりと出くわした。
話しかけたが休憩中だと言われ、自分もやりたいことを優先し愛馬を連れ出した。
キリアスには以前、飽きっぽいと言われたことがある。
鳥、猫、犬、馬、と次々と手配させた彼の行動を見てそう思ったのだろう。
実は違っていた。
鳥に関しては、図鑑で調べたところしきりに歌う鳴き声が求愛の歌だとわかりわざと逃がした。
猫は基本的に素っ気ない。
たまに膝の上に乗り頭を擦りつけてくるだけだが、遊びの無理強いはよくない、と好きなようにさせている。
犬は一度噛まれたがきちんと躾ければ言うことを聞くようになった。
部屋に囲って飼うよりも放し飼いの方がいいだろう、と番犬の仲間に入れることにし護衛部隊に預けた。
馬は乗馬の師匠だったが、少し頑張りが過ぎたのか怪我をしたため、あまり無理をさせないように、と乗るのは週一で数分だけと決めた。
飽きっぽいわけではない。
ただ、彼の考えが理解されづらいだけなのだ。
言えばいいものを何の説明もしないため誤解を招きやすい。
彼はそれを気にも留めていないが、誰かが指摘しなければ改善しないだろう。
もちろん、そのような彼の内側をエアも知るわけがなかった。
「………ん」
やがて、タオルの中からくぐもった声がした。
そして彼はむくりと起き上がり、頭からタオルが落ちるのも気にせずぐぐっと腕を伸ばし体をほぐした。
ぐるぐると肩を片方ずつ回すと、今度はその様子を眺めるエアを見つめ返す。
「…おまえの目、青いよな。どっちの親に似たんだ?」
「え…?」
些細な質問だったはずなのだが、豆鉄砲を食らった鳩のような顔で固まるエアにディレストは首を傾げた。
「おい? どうした?」
「……キリアス様から聞いていないんですか?」
「何を?」
「私の瞳が元は違う色だったことです」
「へー、そうなのか?」
(……いや、待てよ。聞き流しちゃいけないんじゃないのか)
彼はそう思い直し、あの眼鏡、と短く舌打ちをした。
「まだ報連相がきちんとできていないとはな。休憩の邪魔して悪かったな」
「いえ…」
「じゃ、また」
と、軽く手を挙げた彼は立ち上がり走って戻って行った。
その動きに無駄がなく、手を挙げ返すのも返事をするのも間に合わなかった。
(なんか、波のような人だったな)
エアも立ち上がり、メリダのいる食堂に向かうため歩き出した。
(いや、風かも…)
と、ずっとディレストのことを考えながら。