海の底にある夢【完】
「え、ちょっと、これは…」
「俺の膝は硬いか」
「は、恥ずかしいんです」
「そうか? 俺は気分が良くなる」
どういう意味だ、とエアは混乱した。
膝枕をしてもらうのとしてあげるのと、一体全体どちらの意味でこの男は言ったのだろうか。
彼の思考を覗いてみたい。
「あのクソ眼鏡、最近生意気になってきていてな。俺に隠し事をするようになった」
「隠し事、ですか」
「主にエアについてだ。直接おまえに聞いてもいいんだが、それだとなんの解決にもならないだろう」
「は、はあ…」
急に名前を呼ばれてドキッとしたが、純粋な驚きからきたものだった。
「もう少し自覚を持てよ。おまえのことで俺たちはギスギスしているんだから」
「それは…困りましたね…」
そんなこと言われても、と苦笑した。
解決できるなら協力したい、と思ってはいるが何をすればいいのか正直わからない。
それに、やはり困る。
おまえのことで、と言われた直後から頭をやわやわと撫でられていてくすぐったいのだ。
頭を左右に動かしてイヤイヤと拒むものの、やめてくれない。
頭の斜め下にまとめている髪がどんどんと乱れていく。
「…生え際が白くなってきたな。そろそろ染め直した方がいい」
「いえ、実は…染め直したばかりなんです」
「慣れないことは最初は上手くいかないものだ。現に今の俺たちもこれまでなかった問題に直面している。女が絡むとこうも人は変わるものなんだな」
「…ディレスト様は」
「ディールでいい。様も必要ない」
「それは無理です」
「じゃあディール様で妥協してやる」
「…はい」
そう強く要求され、彼女は渋々了承した。
髪をすいて遊ぶ指先の感覚にドギマギしながらも、エアは思い切って聞いてみた。
「ディール様はなぜ私に構うのですか? キリアス様も声をかけてくださいますし、ブレスト様も私に髪飾りをくださいました」
「髪飾り?」
「今身に付けているものです」
と、髪をまとめているゴムを見せようと掴もうとすると、先にディレストに掴まれあっという間にスルリと外されてしまった。
乱れて緩くなっていたのかあっさりとそれは抜け、彼の手の中に収まる。
それは蝶の形をした小さなブローチを髪飾り用にしたものだった。