海の底にある夢【完】
それから一か月が経った。
エアの残りの寿命はあと十か月と半分ぐらい。
だんだんと肌寒さを感じ、植生も秋に移ろっていっている。
今までは雨期だったのだが、晴れ間が増えると秋になる、という言葉があり、まさにその通りだった。
城に立つ木々にちらほらと紅葉が見える。
雨期、秋、冬、乾期、と変わっていく季節を待ち遠しくも感じ、過ぎた雨期に寂しさも感じた。
今度は最後の秋がやってくる。
そしてディレストとキリアスの二人がどうなったかというと、キリアスが負けたらしい。
しかしディレストが決闘はせず、言い負かしたと聞いて皆驚きを隠せなかった。
どんな天変地異だ。
秋なのに雪でも降ってくるのか。
火山が噴火するんじゃないのか。
などなど、好き放題言っていた。
噂好きのメリダでさえその詳細は知らなかったが、唯一知る者がいた。
そう、エアである。
彼女はその場に半ば強引に同席させられたのだ。
その日は、エアが髪をばっさりと切り眼鏡を外すようになった日だった。
そう。
髪を切れと言われた翌日に起こった出来事である。
昼、いつものように馬小屋の近くの定位置に座っていると急に現れたディレストによって腕を掴まれ連行された。
昨日決着をつけるような言い草だったから報告を待っていたというのに、一切の説明も無しに連れて来られたどこかの部屋。
その部屋はどうやら彼の仕事部屋のようだった。
壁一面にある本と積まれた書類が今にも雪崩そうになっている大きな机がある。
そしてその机のすぐ近くにすっきりと整理整頓されたキリアスの席もあった。
「ディレスト様、ノックも無しに来られる…なんて…」
注意しようと手元の紙きれから目線を上げたとき、ここにはいないはずの人物が目に映り声が小さくなっていったキリアス。
その目は驚愕で大きく見開かれていた。
(なぜ彼女が…いや、それよりも)
しかし、すぐにスッと細められた。
「どういうことですか、ディレスト様。なぜ部外者がここにいるんです」
仕事モードの彼を初めて目の当たりにした声の切れ味に、エアビクッとした。
部外者、と言われて確かにその通りだと思う反面、傷ついたのも事実だった。
彼がまるで知らない人のように彼女には思えた。
「休憩だキリアス。仕事を切り上げろ」
「きりが悪いので少し待ってください。その間に彼女にはご退室願います」
「こっちを見ろ眼鏡。命令だ。今すぐ切り上げるんだ」
「……あなたは本当にどうしようもなく我儘なお方ですね」
「ハッ。どの口がそれを言っているんだか。俺が勘づいていないとでも思っていたのか?」
「………いや、そろそろ頃合いだろうとは思っていた」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がったキリアス。
机を回り込んでディレストの正面に立つと彼を見下ろした。
僅かだが執事の方が背が高い。
一触即発の空気に隣で、エアは二人を見ておろおろとするしかなかった。